あなたの懐に帰るその日まで
あんなにはっきりと夢に母が出てきたのは初めてだ。
場所は病院。
それは仕方がないことなのかな。私にとっての母は、物心ついたころには「病院にいる〝母〟という人」であったから。
夢の中の私は大人になっていた。
母は…どのくらいの時分の姿だったんだろう。
ショートカットで少し頬がふっくらしていたから、おそらく最初の大きな発作からしばらく経って、埼玉のリハビリ病院に移って元気になっていた頃の感じかな。そうだとすると…39で倒れた母だったから、夢の中に出てきた母は40くらいの時の姿。昔は母として見ていたから老けて見えたけど、今の私の目で見るととても若かった。そりゃそうだ、ひとまわりも年下の女性なのだ。
病室はナースステーションのすぐ脇で、扉もなくオープンな部屋。
私が訪れると母は眠っていた。
声をかけた。何て声をかけたのかは覚えていない。
すると、母はすぐにパッと目を開けて半身を起こして座った。素早い動き。まるで病気なんてしていないみたいな。
そして、ベッドの上をゴロゴロしながら満面の笑顔で私に言う
「最近どうしてるの?」
私は戸惑った。
「なんでこんなに元気なんだろうか?」
「こんなに元気な人だったか?」
「もう大丈夫だ。しばらく長生きできそうだ」
あまりに無邪気で嬉しそうな様子を見て、私も嬉しくなってきた。
母が出てきて覚えているのはそこまで。
後は…誰にだかわからないけれど、病院で母がとても元気だった様子を誰かにジェスチャーを交えて報告していた。
「こうやって寝ていたのに、急に起き上がって!ぐるっとベッドの上を転がってニコニコしててさ!、、、、、」
私は母の笑顔をあまり知らない。
闘病に入ったのが私が8歳になったばかりの頃だったから、元気だった頃の母の記憶はおぼろげで、今頭に浮かんでくる母の姿は麻痺した半身を引きずりながら歩行訓練している姿。顔も半分麻痺していたから表情も乏しかった。
その母が!
満面の笑顔で笑っていた。
その視界いっぱいの大きな母の笑顔を、今繰り返し繰り返し繰り返し思い返している。
いい笑顔だな。
なんだか、私に似ているな。
その若い女性は確かに母なのだけれど、私の知らない笑顔で、知らないテンションで、交わしたこともない言葉をかけられて…
何か言いたくて出てきたの?
何故そんな夢を見たのだろうか?
昨日クローゼットの私物を整理していて、18歳の時に書いた母へ宛てた手紙を見つけたからだろうか?対してそのことについてはあまり深く考えていなかったんだけどな。
夢占いを見てみると、どうやら吉兆らしい。
実際にいいことがあるかもなんて信じてはいないけど、あのビッグスマイルを思い出すとホンワカ心が暖かくなるのだから、それだけで充分良いことだよね。
お母さん
…いや、私は「お母さん」なんて呼んだことなかったな。
ママ
久しぶりに会えて嬉しかった。
ひとことだけだったけど普通の親子みたいな会話ができて嬉しかった。
大人同士になった母と娘の会話ってどんなだろうって、母と話がしたいなってずっと思っていたから。
ありがとう。
私はもうちょっと頑張って生きるから。
しばらくそちらで待っていてね。
あなたの娘が、わりと近い将来あなたの懐に帰るその日まで。